Yasの“裏”日記・ジュネッス

アクセスカウンタ

zoom RSS 12年

<<   作成日時 : 2007/01/17 22:11   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

こっちのブログに移行してから特撮以外のの記事を書くのは初めてかな?
けど、この日はやっぱり何らかのカタチでこの事には触れておきたいと思うので・・・

あの阪神大震災から12年、干支が一周りしちゃいましたよ。
この時の事は今でもハッキリと憶えいていて、多分一生忘れられないと思います。
インターネットを始めて間もない5年前に始めた表日記に当時の事を認めてるのを改めて読み返してみて、今でも気持は変わらないので、ちょと長いのですがここに再録してみます(表記や社会情勢等は5年前のままになってますので、その辺りは御容赦)

あの阪神大震災から今日でもう七年になる。関西人としては今日はこの話題に触れない訳にはいかないだろう・・・・

 大阪は、神戸の様な甚大で深刻な被害は免れたものの、それでもあの時の凄まじい“揺れ”は今でもハッキ憶えている。
 あの時、どう言う訳か朝の5時半過ぎ(つまり地震が起きるちょっと前)に目覚めた私は、まだ早い事もありもう一眠りしようと布団を被ってモゾモゾしていたのだが妙〜に目がさえてしまって眠れなかった。暫くするうちに何か下の方から突き上げる様な強烈な衝撃があったと思ったら、部屋に積んである模型の箱やらなんやらが落ちてきて、天井の蛍光灯が今にも落ちてきそうな勢いでブンブンと揺れていた。
 正直な話、その一瞬は何が起きたのか分らなかった。揺れは随分長い間続いていて、(そう感じた)それが治まる頃にようやく「地震や!!それもかなりデカイ!!」と気付いた。(案外そんな物なのだ)

 兎にも角にもその日は仕事だったので会社に行かねばならないのだが、テレビを見ると、その時点ではまだ神戸の被害があそこまで深刻であるとは分らず(神戸がかなり“やられてる”らしいとは言ってたと思う)全ての交通がほぼ全面的にマヒしていたりかなりの影響が出ている事や家の電話が全く繋がらず、近くの公衆電話に行ってみたら凄い行列が出来ていて、しかもその公衆電話も繋がらないと言う状況だった。(当時はまだ今程携帯は一般的には普及してなかった)

 取り敢えずウチらの辺には(ウチも含めて)そう深刻な被害はなかったので、取り敢えず出掛けようと、駅まで行ったのだが、案の定いつも利用している交通がかなり運休等の影響が出ていたので、駅員の指示でいつもは利用することのない鉄道やバスを乗り継いで行く事になった。
 普段使わないバス野窓からは、あちこちで看板が倒れていたり、水道管が破損して道路が水浸しになってる光景が目に入ってきて、この辺りも相当な影響があった事を認識した。
 そうして、ようやく会社に辿り着いたのがもう11時位だった。(因に始業時間は9時)
 結局その日は会社に来れない人がいたり、地震の影響で仕事に使う機械にトラブルが発生したりした為仕事にならず、早く切り上げ帰宅した。

 帰宅した後、家のテレビで改めて神戸の被害の凄まじさに声を失ってしまった。神戸や三ノ宮にはよく遊びに行っていたし、特に三ノ宮には地震の起きるつい数週間前に行ったところだった。
 ついこの前“この目で見た”町並みが、建物が、商店街が、見る影もない程壊れている、燃えている・・・・
 馴染みこそ無かった物の、長田区が一面、まるで戦争でもあって爆弾でも落ちたかのように燃え、そして焼け野原になって行く・・・
 直接被害がなかったウチらの周辺ですらホントに恐ろしい揺れだったのに、実際“その場”にいた人達はどんな気持ちだったのだろう、あそこで実際命を失った人はどんな気持ちで死んで行ったのだろう、残された家族はどんな思いなのだろう、地震で家や、財産や、仕事、家族、色々な「大切なもの」を失った人は、その怒りや悲しみをどこに持って行けばいいのだろう・・・
 私は、その前日から風邪をひいていた事も手伝って、ショックのあまり40度の熱を出して3日間寝込んでしまった・・・。

 すぐにでもあの場に行って「何かをしたい」という気持ちが湧いてきたが、結局行けなかった。被害にあった人達の顔を見てると、何故か行ってはいけない様な気がした。今は行けば良かったと思っている。

 あれから7年、表向きは(例えば建物なんかは)復興し、元に戻った様に“見える”。しかし、実際そこに暮らす人、被害あった人にとっては未だにあの震災は「現実」である。恐らく一生消す事はできない。震災の影響が消え無いのと、この不況のダブルパンチで神戸の経済は一層深刻らしい。失業率も7%を超えているという。

 天災とはいえ(天災だからこそ)何故こんなことが起きてしまうのだろう?
 明日は我が身かも知れ無い。私も、みんなも・・・
 1月17日、絶対に忘れてはならない。


ま、ネット始めた頃に書いたものなので、文章とか組み立て方とか、今以上に稚拙だったりしますが、基本的に今でもこのままの気持です。

今日もTVでは地震の事に関して特集を組んでましたが、当たり前と言えばそうなんですが地元発のローカル番組と東京発の全国番組では明らかに伝え方に“温度差”があった様に感じます。
その差はどこから来るんだろうと色々考えましたが、結局はリアルに肌身で感じたか否かってところに行着いちゃうんですよね。

例えば、あの“9.11”の事件は確かに世界中を震撼させたけど、日本にいる私達はTVのあの映像をまるで映画の様な絵空事に感じた部分があったと思います。
そう言う意味では、あの地震の映像もあの揺れを直接感じなかった近畿圏以外の人や神戸が身近に無かった人にはもしかしたらどこかでそんな風に映ってたのかも知れない。
けど、あの場所を実際にこの目で見て、その空間の空気を肌で感じた人間には、それはとても絵空事ではなく、例え自分の周りや身近な人間に直接の被害は無くともまるで家のすぐ外で起きてる出来事の様な錯覚を起こしたもので、それが多分再録した日記に書いた様な、当時私が熱出しちゃった理由かなと、今はそう感じてます。

そういったものは、感じなかった人に感じろなんて言うのは土台無理な話で、むしろ感じないで済むならその方が幸せだと思いますよ。
けど、その“温度差”ってのがなんとか縮まる方法ってのはやっぱり考えていきたいとは思いますけどね。

干支一周りって事で、ちょっと長めに語ってみました。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
12年 Yasの“裏”日記・ジュネッス/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる