めでたい話・・・に、違いはありませんが

無事男子御誕生と言う事で、それ自体はたいへんおめでたい話だし、何よりも新しい命の誕生は喜ぶべき事です。

けどテレビや新聞の報道を見るにつけ、それらに対してなにやら段々と嫌悪感と言うか、憤りの様な物も感じてしまいます。
理由は簡単、話の焦点がとどの詰まりが皇位の継承問題に集まり、新しい命が誕生した喜びを純粋に祝ってるとは思えないからです。

勿論、“あの子”は産まれながらにしてそれを運命づけられた子供だし、話がそう言う流れに行ってしまうのは仕方のない事です。
けど、だからこそ産まれたその日位は単純に“良かったね、おめでとう”で済ませてあげれないのかと、そう思う訳です。

それに、“官家に男の子が産まれて良かった”と声高らかに唱い挙げる事がを、雅子様はどういう気持で聞いてるのかと思うと胸が傷むとウチの母なんか言います。
雅子様の御病気だと言われてる適応障害・・・ま、一種の鬱みたいなものなのでしょうが、何故そんな病気になっちゃったのかって理由を考えれば、今回のこの報道のしかたが逆に苦しめちゃって、病を悪化させるんじゃないかって言うんですな、母は。
実は私の従姉妹のダンナってのがかなり重度の鬱に苦しんでまして、直接ではないにしてもこのテの病の難しさはある程度理解してるつもりです。
それが故に、雅子様の立ち位置に立って考えれば、やはりこの浮かれ様はいい影響は与えないよなって風に正直私も思います。

そういう所に嫁に行ったのだから仕方がない。
そういう所に産まれてしまったのだから仕様がない。
確かに・・・確かにその通りだと思います。
そう思うからこそ、マスコミも、国民も“もう少し考えろよ”と、感じちゃう訳です。

つくづく思います。
民間人で良かったって・・・
民間人には民間人の苦しさや辛さは一杯あるけれど、こんな宿命には多分自分は堪えられないですもの。

新王様の健やかな成長をお祈りします。

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