5年前のあの夜

確か第一報を知ったのはまだ久米宏が司会をやっていた頃の「ニュースステーション」でしたが、当日は久米さんお休みで小宮悦子さんが速報として報じたんじゃなかったっけ?(ちょっとここらは記憶が曖昧)

その昔、日本でも田中角栄元総理の家にセスナが突撃すると言う事件があり、最初はそれにちょっと毛が生えた様な事件だと思った。
どっちにしても貿易センタービルに飛行機で突っ込むなんて、アメリカはやる事が派手だなぁと驚きはしたものの、さしたる関心もなくそのまま風呂に入ってしまった。

それが時間が経つにつれて、信じられない光景が次々と画面に映し出され、観ている側も次第に絶句していったのを今でも鮮明に憶えています。
当時からよく言われていた事ですが、それはまるで映画を観ている位に現実感が無く、しかしその現場では確実に“大変な事”が起きていると言う緊迫感・・・と言うより、“恐さ”は嫌と言う程伝わってくる・・・とても不思議な感覚でした。

5年前と言うのは私がインターネットを始めた年でもあり、当時は友人達と毎夜チャットをしていました。
当時はまだADSLが普及し始めた頃で、その頃まだ電話回線で接続してた者も多く、チャットの時間は自然と“テレホタイム”になります(これも死語と化してきたか・・・)
日本時間の“あの日”は正にそのチャットの真っ最中の時間で、普段ならバカ話に終始するその時間が、とてもチャットなんかに集中できる雰囲気じゃなくなったものです。

5年なんてついこの間だと思っていても、それでもやっぱりもう5年です。
なのに、あの日の夜の事は私みたいな人間でもこれ程鮮明に憶えています。
ならば、当事者の方はどうなのだろう・・・関係者、遺族の方々、何かしらでもあの事件に関わりを持つ人達にとって、どれ程大きくて、生涯忘れ得ない出来事だった事か・・・否、むしろ悲劇や美談なんかで片付けられて、歴史の1Pに埋もれてしまう事の方が辛いかも知れないとも思ったり。

あの事件は間違いなく世界の色々なものの“価値観”を塗り替えたと思います。
勿論日本も、政治や経済、社会に文化等の様々な面で影響は少なくなかった筈で、決して“海の向こうの出来事”じゃありません。
ならば、世界は、日本は、そこから何かを学んで、少しでも“良い方向に”変える努力をしてきたのか?、それは何らかの“カタチ”を残してきたのか?
・・・・ま、私みたいな一介のヲタオヤジの少ない脳みそではそんな大それた事に結論づけたり、何かを変えていく様な事は残念ながら出来ませんが・・・(苦笑)

ならば、せめて“忘れないでおこう”と思います。
事件そのものは勿論、もうあんな事は起きないでくれ、起こさないでくれ、起こしちゃいけないと思う心、願い・・・
年に1度の“9.11”の日だけでなく、いつも心の片隅で、“忘れないでおこう”と、そう思います。

難しいニュースでなく、こういう視点で考えてみるのも大切かと

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