ウルトラマンメビウス.41話

ウルトラマンメビウス
第41話「思い出の先生」脚本:川上英幸 監督:佐野智樹

今回は「ウルトラマンメビウス・第41話」ではなく、放送当事様々な“大人の事情”で姿を消してしまった・・・しかし本来「ウルトラマン80」の最大の特色であった筈の“ウルトラマン先生”の物語が、25年以上の時を経て漸く完成した、正に「ウルトラマン80・完結編」と呼ぶに相応しい内容でした。

ま、実際には“80”は勿論、“矢的猛先生”の出番は僅かだったにも拘わらず、クライマックスからエンディングまでの一連のシーンで完全に“持っていかれた”という感じで、放送当事「ウルトラマン80」をちゃんと観ていた訳ではない私ですら、涙腺緩みっぱなしになっちゃいましたよ(^^;

この“大人の事情”による路線変更劇によって、作品が本来目指した物と異なった方向に行かざるを得なくなる事。
それにより、関わったスタッフ&キャスト、何よりもそれを愛したファン達が無念な思いをする様な事は、今の時代でも連綿と続いている、このジャンルのある種の宿命みたいなものな訳ですが、その時に残ってしまった“シコリ”にこういうカタチで決着をつけれた「ウルトラマン80」はある意味とても幸せな作品ですね(^^)

勿論そこには「ウルトラマンメビウス」と言う作品の方向性や、「ウルトラマン」と言う“ブランド”を取り巻く昨今の時世や状況が上手い方向に噛み合ったからこそ実現した訳ですが、できれば同じ憂き目にあった“あんな作品”や“こんな作品”(いや、何とは言いませんが(^^;)にも、いつかそういう日が来ればいいのになぁと思ってしまうのも人情ってもんです(苦笑)

>こうしてると地球を支えている気分になるんだ
今回のゲスト主役となる塚本先生は、設定としてはオリジナルの「ウルトラマン80」にて、登校拒否だったのを矢的猛先生に救われた生徒さんらしいのですが、本当に申し訳ないんですが私は「80」のストーリーはほぼ全面的に失念してしまってるからピンとこないんですよね(^^;

但し、その時の矢的先生への憧れから自分も教師になり、教わった物は確実に塚本先生自身に、そしてその生徒達へ確実に受け継がれているであろう事は、登校拒否だったらしい“カワイ君”(かな?)や、彼を迎えに来たクラスメート達を見ても伺えます。
あの子達は少なくとも前回登場した、ナオコちゃんを金づるにしてた様な類の生徒達とは思えません。

“ウルトラマン先生”がゲストに出るって知った時、実を言うと前回のナオコちゃんも含めた“ああいう子供達”にこそ、先生の教えが必要なんじゃないかって思っちゃったんですよね。
それに、フィクションの世界以上に現実世界での今の子供たちを取り巻く環境や社会問題、子供達自身の心の問題やそれに対する大人達の問題等々を見るにつけ、正に今の時代にこそ“ウルトラマン先生”が必要なんじゃないかなって、ちょっとそう思っちゃいました(^^;

>80光臨
降臨と言うよりは正に光に包まれての光臨って感じで“80”登場。
タロウやレオ同様、登場時に主題歌のメロディーがチョロっとでも流れたのは中々感動。

放送当事は80の事を“マヌケヅラ”だの、手足を振る時の音を“ひょうきん音”などと言ってた口の悪いファンもいましたが(・・・・スマン、実はわしだ!(^^;)メビウスと並んでみたところを見ると・・・う~~ん、やっぱりマヌくぁwせdrftgyふじこlp;・・・
や、真面目にフォローすれば(・・・(^^Ii)80のデザインや造形ってよく見れば妙に人間臭くて親しみやすい物があり、この辺りを当初の“ウルトラマン先生”ってコンセプトを考えれば、案外意図的だったのかも知れないとも思ったり。
それに、80は放送時には他のウルトラ兄弟の力を借りる事なく1年間1人で戦い抜いたウルトラマンでもあり、実はかなり“強い”んですよね(^^)

冒頭でいきなりメビウスとの共闘による本格的なバトルシーンを持ってきたのは、後半に“あの見せ場”を作る為だったらしく、ここらが主役ヒーローの活躍シーンをどうしても入れなきゃならない(スポンサー様の顔色伺いしなきゃならない(^^;)このテの番組の宿命を感じなくはありませんが、この共闘シーン自体は単純に燃えれたからOKって事で(^ー^)b

>マイナスエネルギー
決して某ジャマンガが集めに来た訳ではない(え?

オリジナルの「ウルトラマン80」では、人間の負の心であるマイナスエネルギーが怪獣を生み出すと言う大きな設定があった訳ですが、今の時代・・・と言うか、今の日本、今の人間、今の地球はそういう意味では本当にマイナスエネルギーに満ち溢れてますからね。
劇中ではあまり深くは触れられませんでしたが、これとサイコキノ星人の言ってた“怪獣や宇宙人を呼び寄せる時空波”ってのと何かしら関係があるのかも知れません。
もしそうであるなら、「80」本編でもその正体が語られなかった“マイナスエネルギー”が如何なる物かってのも、「メビウス」のラストまでには結論的なものが出るかも知れません。

なんか、本気で壮大な話になってきたな・・・>「メビウス」

>お前の兄さんの人形持ってきてやったぞ~♪
なんのつもりと言うか、アレ貰ってミライ君が子供みたいワ~イってに喜ぶと思ってたんだろうか(・・・いや、案外喜ぶかも知れない(笑))
リュウさんは時々こういう突拍子もない行動するけど、ある意味ミライ君以上に“掴めない”人だよなぁ(^^;

>級友との再会
桜ヶ丘中学が統廃合で無くなると言う噂を聞き付けたからか、学校を訪れたかつての級友の“落語”と“スーパー”の2人と再会した塚本先生。
このシーン、うっかりすると見落としがちなんですが、なにげに今の世相を反映していてます。
何かって言うと、例え卒業生であったとしても、部外者であれば学校に入れて貰えないって部分。
このシーンでは出会した教師が偶然元の級友だったから良かったものの、今の時代はああいう場合はそこに通う生徒の保護者でもない限りはまず校内に入れて貰えません。

それでもこの学校はまだオープンな方で、ウチらの近辺はあの傷ましい事件が起きた地元って事もあり、小中学校の校門には大抵警備員がいて、学校内へは簡単に入れてくれません。
例えば、ちょっと母校の前を通り掛って懐かしさからフラリと入っていく・・・なんて事すらNGなんですから、寂しい時代になったもんです・・・

>クラス会をやろう!
昔話で盛り上がるオッサン3人(笑)
自分達の前から突然姿を消したにも拘らず、一番思い出に残ってる“矢的先生”と、それはいい事だと思うんですが、なんだか矢的先生の後任の担任さんがちょっと気の毒な気が・・・(^^;

それはまぁ良いとして、矢的先生がウルトラマン80だったんだと信じて疑わない塚本氏の事を笑いながらも、どこかで信じていたからこそ落語氏もスーパー氏も“80がメビウスと共闘した”って新聞記事見て空に向かって大声で呼び掛けるなんて暴挙(・・・(^▽^;)に出れたんでしょうな(あのシーン、スーパー氏の後ろでキモがって買い物やめて帰ってく主婦が絶妙な味を出してます(笑))

ところで、塚本氏の前の赴任先にいた元UGM隊員の子供って話・・・一体誰の子供だったんだろう?(スゲー気になる!(^^;)

>ウルトラマン先生の負い目
人間の負の心から生まれるマイナスエネルギーを、最も心が不安定な時期の中学生の教師として教育と言う視点から抑えようと試みたウルトラマン80=矢的猛。
けれど、その発生を抑え切れずに次々現れる怪獣と戦う為、教師である事を捨てねばならなかった・・・

「80」から“ウルトラマン先生”の設定が無くなった本当の理由は、冒頭にも書いた様にあくまで“大人の事情”な訳ですが、放映当事から現在に至るまで“80の物語の中でのその理由”と言うのは一切語られませんでした。
ここで語られた理由と言うのも、悪い言い方をすれば後づけの帳尻合わせの話なのかも知れませんが、自分の非力故に“大切な生徒達”に別れも告げずに消えなければならなかった事を、80自身も深い負い目に感じていて、それ故に“合わす顔が無い”って理由からクラス会には出れないという辺りで不思議な程説得力が生じます。

生徒達も、先生も、離れていてもその大切な思い出は同じ・・・
だからこそ、今回のラストシーンはあんなに涙腺を刺激するんですよね(^^;

>ミライ君、板ばさみ(^^;
“80兄さん”から“矢的猛が謝ってた”と伝えてほしいと頼まれたものの、塚本氏達の“先生に会いたい気持ち”を目の当たりにして言い出せなくなってしまうミライ君。
サコミズ隊長が色々フォローとか助言とかする訳ですが、それでも真剣に悩んじゃうのがミライ君の“真面目っぷり”は、なにやら微笑ましいやら笑っちゃうやらで、如何にもミライ君らしいなぁと(笑)

>学校が呼んだ怪獣
クラス会に次々集まってくる元1年E組の生徒達。
そこに出現するのが「80」第3話に登場した怪獣“ホー”な訳ですが、そのオリジナルのエピソードでホーを出現させた張本人の真一氏が疑われる辺りは少し気の毒(笑)

コノミちゃんがなにげに口にした“学校のマイナスエネルギー”がホーを呼び出したんじゃないかってのが奇しくも正解だったってのは、幼稚園の先生でありマケット怪獣になつかれるコノミちゃんなればこそだと思うんですが、それはコノミちゃんが言う様に“取壊されてしまう学校の寂しさから”生まれたものではなく、かつての生徒達と矢的先生を再会させてあげたかったから、らしいです。
本編中では具体的には描かれてませんでしたが、多分これは学校そのものではなく元E組のみんなの“先生に会いたい”って強い気持が校舎を媒体にしてマイナスエネルギーとなりホーを出現させたってところかな?

ホーは最初から“80に倒される為にだけ”出現した、だからこそメビウスの攻撃は受け付けず、GUYSの攻撃も擦り抜けてしまう。
けど、それ故に80が空から降り立った時、倒される為に自ら身体を晒して80の攻撃を待ち、そして多分80もその時点で全てを察し受け止めたから、静かに頷きバックルビーム・・・かつて生徒達の前でホーを倒した技を放ち、それを受けたホーも静かに消えてみせたのでしょう。
この先にある、“卒業式”の餞として・・・・

>仰げば尊し
校舎の屋上から、1人1人が“ウルトラマン先生”に大声で近況を報告し、“思い出をありがとう”の幕を広げるシーンからは、もう見てる方も涙腺緩みっぱなしのウルウル状態で、恥ずかしながら私も思わず“じわ~”っと来るものを抑えきれませんでした(^^;
あのシーン見てると、自分が「ウルトラマン80」をしっかり観ていなかった事をちょっと悔やみました。
もし、私が彼らの語った「80」のエピソードをしっかり胸に刻んでいれば、この涙腺を緩ませた感情も更にひとしおだったろうと思うと、それを持っている「80」のファンに軽い嫉妬をおぼえます(苦笑)

そしてそんな元教え子達を見つめた後、彼らの歌う“仰げば尊し”に送られる様に空に飛び立つ80の姿・・・
嗚呼、これこそが当初のスタッフ達が本当に作りたかった、当事からののファンが本当に見たかった「ウルトラマン80」の、真の最終回の姿なんだと確信しました。

>25年目の再会
自分をあれ程まで慕ってくれた教え子達に、逆に教えられたと言って登場した矢的猛先生。
そんな生徒達に対し、自分の言葉で謝る事こそが彼らの気持に応える事になると、生徒達の元に向かう先生。
勿論、教え子達は謝ってほしいなんて思ってない・・・自分達の元に“矢的猛先生”として会いに来てくれた事を心から喜び、取り囲む。
そして、そんな彼らに囲まれながら、心から喜びの笑顔を見せる矢的先生・・・

文字通り、見事なまでの「ウルトラマン80・完結編」だったと思います!(^^)

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